岐阜県の織部焼とは?特徴や歴史、由来、作家など解説

織部焼とは

織部焼とは、1605年から岐阜県土岐市を中心に生産されはじめた陶器のことです。

岐阜県の東濃地域は陶器の生産が盛んで、一体で作陶される焼き物を総称して美濃焼とも言います。

織部焼は、見た目の色合いから、織部黒・黒織部、青織部、赤織部、志野織部といった種類があります。

また織部焼は、茶道の祖として有名な千利休の高弟である古田織部が指導して作られました。そのため、現在では茶道の抹茶碗や和菓子を置く菓子鉢など茶道華道の道具として用いられることが多いです。

参考:美濃焼(みのやき)とは | セラミックパークMINO  

織部焼の特徴

織部焼の特徴は、色使いやデザインの斬新さにあります。織部焼には、織部黒・黒織部、青織部、赤織部、志野織部といった種類があり、それぞれ色が異なります。本来の織部焼は、緑色の釉薬をメインで使うことから、青織部焼が主流です。

また織部焼は色使いやデザインが特徴的で、あえて歪(いびつ)な形状を施する非対称の美と、市松模様や幾何学模様といった大胆な文様を施します。それまでの中国や朝鮮半島から輸入していた整然とした焼き物が美しい、という考え方とは正反対のデザインは、当時は多くの衝撃を与えたと言われいます。

織部焼の歴史

織部焼の歴史は、1605年に存在を確認されたから始まります。名称にもなっている戦国時代の茶人である古田織部は、1543年に岐阜県で生まれ、同じ岐阜県出身の戦国大名・織田信長や豊臣秀吉に仕え、茶の湯を教えます。その傍ら、自分好みの茶道具の創作に熱意を注ぎ、織部焼が誕生しました。

織部焼の由来

織部焼の由来は、大名茶人である古田織部の名前から付けられています。千利休の弟子として有名な古田織部は、焼き物の産地である岐阜県土岐市の陶土に目を付け、海外からの技術も導入し、織部焼をつくりました。そのため古田織部の名前をとって、織部焼と言われるようになりました。

織部焼の作家

織部焼の著名な作家をご紹介します。

織部焼の人間国宝「加藤卓男」

加藤卓男氏は、1917年に岐阜県多治見市に生まれた陶芸家です。陶器に2種以上の色釉(いろゆう)を染め分けた加飾陶器を制作することに優れており、1995年に国指定重要無形文化財「三彩」の技術保持者として織部焼の人間国宝に認定され、2005年には、故人として第五回織部賞特別賞を受賞しました。まさに織部焼の第一人者です。

織部焼のレビューや口コミ

織部焼の口コミ

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